Leica (Leitz) Summicron 50mm f/2 沈胴
1.歴史
Leicaのレンズと言えばまず最初に挙がるのがSummicron(ズミクロン)とSummilux(ズミルックス)でしょう。
Summiluxも勿論有名なレンズではありますが、LeicaならびにLeitzという会社の歴史を掘り下げるほどSummicronは同社を代表する、という言葉では足らず同社と共にあったという言い方もできるかもしれません。
Summicronというレンズの源流となるのはSummar (ズマール) 50mm f/2というレンズで、1933年にバルナックライカの代表的なボディ、DIIIの標準レンズとして発売されました。
Summar 50mm f/2
当時、最高の描写を誇ったCarl ZeissのSonnar 50mm f/2に対抗して作られたレンズでしたが光学設計上、絞ると非常にシャープなものの開放での描写がソフトになってしまうクセがありました。
1939年、Leitzは後継となるSummitar (ズミタール) 50mm f/2を発表。
カラーフィルムにも対応したSummarの改良版で周辺光量の落ち込み(四隅が暗くなる現象)も改善されました。とはいえ、前述のクセは解消できていませんでした。
Summitar 50mm f/2
1940年代にガラスを貼り合わせるのが普通なところを貼り合わせず、空気の層を作る「空気レンズ」というアイデアが考案されます。
貼り合わせ面を分離する事でレンズ内での乱反射を引き起こし、画質の低下に繋がる要因にもなってしまうのですが、この点はコーティング技術の進歩によって解消されていきます。
1953年、そのアイデアを実現させ、誕生したのがSummicron 50mm f/2です。
当初はLマウントでのラインナップで、初期ロットには「アトムレンズ」と呼ばれる放射能ガラスが使用されていました。
ガイガーカウンターを近付けると放射線が検出されるレンズで、描写は素晴らしいもののレンズが黄色く変色してしまうという問題もあり、すぐに違うガラスへと変更されています。
(※撮影に使用する程度では被ばくしませんのでご安心下さい)
この「アトムレンズ」を使用したSummicronは主に「トリウムズミクロン」、海外ではRadioactive Summicronと言う名前で流通しており、貴重なレンズです。(こちらはまた別で詳しく書きたいと思います)
アトムレンズを採用したSummicron 50mm f/2 (通称 トリウムズミクロン)
1954年にM型レンジファインダー、M3が発表されます。それに伴いこの沈胴タイプのSummicronもMマウント化されました。
1956年には固定鏡胴のモデルが発売されたため、沈胴ズミクロンがメインの商品だった期間はあまり長くはありません。
沈胴タイプは構造上、ガタツキが起きやすいこともありより安定した外装へと変更されたものと推測されます。
同年には固定鏡胴をベースに近接撮影を可能にしたDR Summicron Summicron 50mm f/2も発売されました。(DRはDual Rangeの略)
「沈胴」と「固定鏡胴」、そして「DR Summicron」を1st(第一世代)として分類することが多く、当店でもその分類としています。
沈胴タイプの生産数はM/Lマウント合計で57,700本程度とされています。
これは豆知識ですが、Summicronという名称はラテン語で「最高のもの」を意味するSummaと、同じくラテン語で「微小な」という意味のMicronに由来します。
SummaはSummicron以前のレンズ、SummarやSummitarの名称にも採用されており、その流れを汲んだ命名となっています。
また、Summaを「スンマ」と発音するため、英語圏では「スミクロン」と発音します。
2.外観
レンズ自体は非常に小さいです。沈胴前の状態で35mmフィルムと同じぐらいの大きさです。
同じ沈胴レンズのElmar-M 50mm f/2.8と比べても3/4ぐらいの大きさでしょうか。
重量はLマウントとMマウントで異なり、Lが220gでMが285gです。MLリングを付けても尚、Lマウントの方がやや軽量となりますが、実際には殆ど違いを感じられないかと思います。
絞り値はf/2-16で、2/2.8/4/5.6/8/11/16と「国際式」と呼ばれる表記となっています。
距離表示は前記がfeetのみ、後期はfeetとmの併記へと変更されました。
フィルター径は39mm(E39)でフードはIROOA、ITDOO、SOOFMが装着可能です。少し後のモデル用ですが、12585フードも装着できます。
外装をもう少し掘り下げるとクロームメッキが施されているのはL/Mマウント共通ですが、細部が少し異なります。
Lマウント
Mマウント
Lマウントは鏡胴の上部が梨地仕上げになっていて、下部は光沢のあるサテン仕上げとなっています。対してMマウントは上下ともに梨地の仕上げが施されています。
鏡胴下部にも少し違いがあります。
Lマウントはスクリュー式のためマウント部分にかけてズドンと下がった造りになっているのに対し、Mマウントはマウント部品の分、スカートのように外側に少し広がった形状になっています。
最後にMマウントはカメラに装着する際に目印となる指標(通称 赤ポチ)が付いています。
沈胴というギミックは非常に面白く、意味もなく沈胴させたりするのですがデジタルボディに装着する際は沈胴しないようにご注意下さい。
せり出した部分がセンサーに当たってしまい、センサーを傷付ける可能性がありますので沈胴させず、伸ばした状態のまま保管しましょう。
3.描写
当時のライカの技術を全て注ぎ込んだこのSummicronの描写は解像感、コントラスト、柔らかさの全てバランスが良く、オールドレンズの最高峰と言っても過言ではありません。
その描写性能の高さは世界のレンズの基準を引き上げたと言われるほど、伝説的な存在です。
画素数の多いデジタルボディで撮影すると、より驚きが大きいかと思います。
この沈胴タイプと固定鏡胴で「どちらの描写が優れているか」ということが話題になることもありますが、レンズの状態に左右される部分が大きいため、どちらが優れているという結論は出ません。
以下、実際にこれまで販売した商品にて撮影した写真を掲載します。
色々な個体での撮影ですので、その点はご了承下さい。
Leica M8
Leica M9
Leica M10-P
Sony α7s
Sony α7III
例が無かったので掲載は出来ませんが、もっとソフトな描写が好みであれば、一般的に難有りと言われる状態のほうがお好みの描写になると思います。
4.相場
全国のカメラ店が掲載しているJカメラのデータをもとにすると、
難有り: 5-8 万円
通常品:9-15 万円
このぐらいの相場になっているかと思います。ヤフオクやメルカリであればこれよりも2割程度は安いというのが現在(2021年1月)の価格です。
ヤフオクやメルカリの場合は動作チェックが不足していたり、運が悪いと別の個体のパーツを組み合わせた所謂ニコイチのものもあります(実際に遭遇しています)ので、その辺りのリスクがあることはご留意下さい。
そういった個体は修理で直らないケースが多いため、その点も考慮して購入を考えて頂ければと。
トリウムズミクロンの場合は数が少ない点や同レンズの中でも希少性に差があるため、12-25万円と大きい値幅になります。
M用の50mmレンズとしては低い価格帯ですし、MマウントのSummicronの中では最安のモデルのため、需要が増える可能性は十分にあります。
肌感覚としてはこの2-3年でおよそ10-20%程度の価格は上昇していると感じます。
ただ、「欲しい時に欲しい物を買う」のが後悔なく済む方法ですので、相場云々は参考程度にして頂ければと。
5.まとめ
Summiluxのような強烈な個性はありませんが、「ありのままを写す」という意味ではSummicronは非常に優れたレンズです。
多くの写真家や報道カメラマンに愛されたという逸話はそれを裏付けるのでは無いでしょうか。
その始まりとも言える沈胴タイプのSummicronはプロダクトとしても持ち続けたいと思える1本です。
フィルムほどのこの非常に小さいレンズにはLeicaの伝統と、60数年前の革新が詰め込まれています。